2024年9月に今年90歳になるおばあちゃんにインタビューをしました。
おばあちゃんは、8月8日に八幡大空襲を体験しました。
空から1300トンの焼夷弾が落ちてきました。
前田國民学校(現在の北九州市立花尾小学校)の防空壕ではなく、グラウンドの地下壕に先生が避難させてくれました。
2時間後地上に出ると青空だった空は、まだお昼なのに黒煙が渦巻く夕暮れのような景色に変わっていました。
その地下壕が御真影を護るための場所だったと知ったのは、ずっと後になってからでした。近くの小伊藤山の防空壕では、約300人の方がお亡くなりになりました。
家族は無事でしたが、自宅が焼けたので福間の親戚宅に身を寄せました。
親戚宅の近くにあった弾薬貯蔵庫のことがおばあちゃんは生涯気になったそうです。
この写真のおばあちゃんの足下付近に嘗て地下壕があり、その地下壕のイメージ図が写真2枚目です。(おばあちゃんの話から筆者がそのイメージを描いたもの/地下にあるように感じて頂くため床に置いてある鏡越しに鑑賞します。)
地下壕の中で、ずっと担任の先生の手を握っていたとのこと。御真影を護るために秘密の地下壕の蓋を教頭先生がバールのようなもので開けたのです。地下に水が溜まっていたため、地上に出る際、足が白くふやけていたのだそうです。
大空襲による罹災のため、農家に身を寄せていたのですが、当時5年生だったおばあちゃんは、田んぼの真ん中に2本のレールが出現していることに気付きます。
夜にだけ走る列車。見てはいけないと言われた列車。そのレールの先に福間弾薬貯蔵庫があったのです。
有刺鉄線で囲われた中にある大量の火薬。おばあちゃんは生涯その存在が気になったといいます。
そこで、私は有刺鉄線を軸にして薬きょうとちょうちょをベースにしたモビール(吊り下げ部分は東京大空襲で母を亡くした宗左近のシャツを紐状にしたものを使用)を大量に作り、インスタレーションとして仕上げました。
インタビューを通して...
戦後80年になろうとしていますが、武器が人々を不安にさせていることは現在も変わらないと感じます。
結びに、、、平和への想い
1.
各国の頂きにたつ方は武力行使をしない人格者にするという国際ルールをつくってほしい。
2
各国の頂きにたつ方はその方同士でまず、心の交流の見本を示せるようにしてほしい。そして、世界中の国の人同士が仲良く楽しめる企画を推奨できる仕組みをつくってほしい。
3
国境の周辺は互いの国の人々が楽しめるユートピア的な場所に必ずするように世界全体がなってほしい。
4
憲法9条を世界遺産にしてほしい。
5
あらゆる負の連鎖は断ち切ることができる国際ルールの仕組みをつくってほしい。
以前は、「教育基本法のいう人格の完成」や「芸術による人間形成」とは何なのだろうと素朴に感じていました。ですが、身近なところに戦中体験者や平和について日々真剣に考えている方がたくさんいらして、平和の実現に向けて自己の考えをもち、より多くの方と対話を続けることが人格の完成や人間形成に資することなのかと朧げに感じるこの頃です。
世界が不安に揺れている今、私たちが大切にしたいものを美術表現を通して発信すること。止めてはならないと思いました。