こんにちは。
ひがしちかと申します。41歳の私と13歳の七夏さんとこのプロジェクトを発足しました。この私たちの年齢の差が表すように、幅広い年齢、土地、立場の方が参加してくださることを願っております。よろしくお願いします。
私の出生は長崎県諫早市。
被爆地から約25キロほど離れた場所です。
小、中学校の9年間、夏休み中の8月9日は決まって登校日でした。登校日には、体育館に集まります。
体育館に入ると大きなポスターがたくさん貼ってあり、背中の焼けた母娘の写真、真っ黒に焦げた子供の写真、溶けている瓶、包帯で全身巻かれてベッドに横たわる人、、、、と、目を覆いたくなる悲惨で恐怖しかない写真が展示されています。
普段元気で生意気な男の子たちも、誰も言葉を発さず、ただ、見つめます。
そして、全校生徒体育館で体育すわりをしていると、目の前にはパイプ椅子が一つ。マイクが一つ、被爆者の方が入場して椅子にすわり、被爆体験をお話ししてくださりました。
胸が張り裂けそうになる体験を私たちは、ただ聞くのです。
涙する子もいました。
暑くて、じんわり汗ばみながら、せみの鳴き声と共に彼らの話を聞くのが、私の8月9日でした。
大人になって、そんな日々はどこか脳裏に仕舞われて平々凡々と過ごしておりますが、ことあるごとに強く感じるのです。
「戦争はどんなことがあってもいけない」
絶対に起きてはいけない!と。
あの頃、毎年8月9日体育館には、語り部さんがいたから、その時に伝えようと企画した先生方がいたら、今の私がそう感じるのだと思います。
怖い、見るのが辛い、怖がらせないで!とよく見聞きします。私自身戦争を知らず、怖いです。向き合うのには勇気のいる事です。しかし、どうしたって大事な大事な事だと思うのです。
2年後の終戦80年に向けてできることをやれたらと思います。
そして、その10年後終戦90年、100年、、、と
みんなで「そのとき」何がおこったかを掘り起こし、考えて、伝えて、終戦がずっと終戦であって欲しいと願いながら平和の重要性を伝えるのが、肩書き、立場抜きにして、1人の人間として、現代に生きる使命だと強く感じてなりません。
2023年 8月9日
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